カイロ事件:ドイツで知られない冬の味方【後編】
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第6章:カイロってなんだ
私が送ったカイロは、象のキャラクターが描かれたオカモトのカイロ「快温くん」であった。
日本にいるときは専らウサギがトレードマークの桐灰のカイロを愛用しているが、「快温くん」は他のどのカイロよりも断然軽いのが特徴で、少しでも荷物を軽くするために今回初めて購入した商品だ。
使い捨てカイロは、販売事業者によっては送れない場合があるらしく、事前の確認が必要だった。日本郵便のサイトには「国際郵便による郵送が可能な使いすてカイロを販売する事業者一覧」というページが存在し、そこにはオカモトの名前がばっちり記されている。以下のリンクを参照していただきたい。
国際郵便による郵送が可能な使いすてカイロを販売する事業者一覧 - 日本郵便
もちろん、ここドイツの地ではカイロの存在をあまり知られていないことは理解していた。ただカイロが郵送可能な物品に含まれている以上、たとえそれがどんな代物か分からなかったとしても疑われることはあるまい。そうたかをくくっていた。
私は当時持ち合わせていたすべてのドイツ語の語彙を駆使して例の女性にカイロの説明を試みた。
「日本では有名な冬の必需品で、寒いときに使うとあなたに温もりを与えてくれる心強い味方なんだ!貼るタイプと貼らないタイプがあって、貼るタイプは身体の任意の場所に貼ると、まるで暖房の効いた部屋にいる感覚になるんだ!」
はっきりとは覚えていないが、このようなことを相当な熱量を持って伝えた。
後から気が付いたことであるが、どうやらこの説明がまずかったらしい。この説明で肝心なことが抜けていることにお気づきであろうか。
私は完全に忘れていた。「服の上から貼る」という大事な情報を伝えることを。
私は、身体に直接貼るものという誤解を招く説明をしてしまった。身体に貼るもの、それはすなわち湿布などの医薬品に該当してしまうのである。ドイツ医薬品法により、個人が郵便または配送業者を通じて海外から医薬品を入手することは禁じられている。
つまり、私は禁制品を持ち込んだ危険人物と疑われてしまったのだ。
「それは医薬品なのか?」
誤解を招く説明をしたことに気が付かない私にとっては不意をつかれた質問だった。今の説明のどの部分で医薬品だと思うのか?さっぱり理解できなかった。
「医薬品ではない!ただ温かくなるだけだ。ここで開封して確かめてみるか?」
私は安全で合法なものである証明をしたい一心でカイロに手をかけたが、当然止められた。
当たり前である。彼女の立場から見れば、身体に貼ると暖房の効いた部屋にいる感覚になるほどの熱を発する得体の知れない危険物を、得体の知れない不審な日本人が今この場で使用しようとしている超危険な状況であるのだから。
その後カイロの商品ページの翻訳を見せたり、もう一度説明を試みたりしたが、疑いが晴れることはなかった。
結局、このカイロが禁制品ではなく安全なものであるという確認が取れるまで地方税関様で一時保管することになり、確認が取れ次第電話するということになった。しかもカイロだけでなく、他の物品も後日引き渡しとなった。今日は手ぶらで帰るしかない。
無念である。あれだけ念入りに持ち込み可能か調べたのに。わざわざ他より軽いカイロを選んだのに。40分かけて荷物を受け取りに来たのに。
私は一時保管に関する書類を受け取り、地方税関様を後にした。
昼下がりの太陽が、空しくも私を照らしていた。
第7章:1本の電話
それから1週間が経ったある日。見知らぬ番号から1本の電話が入った。発信元のおおよその検討はついていた。
しかしドイツに来てから初めての着信だったので、その場で電話に出る勇気はなかった。一旦着信を見送ったあと、その番号をネットで検索した。
思った通り、地方税関様からだ。私は勇気を振り絞って、初めてのドイツ語での電話に挑戦した。
「すみません、先ほど電話をいただいた者ですが」
電話に出たのは例の女性だった。電話の用件を尋ねると、彼女は流暢なドイツ語で話してくれた。
全く聞き取れなかった。当時の私の語学力では日常生活での会話が精一杯だったので、こんな特殊な状況を理解する語彙を持ち合わせていなかった。しかも相手の表情が見えない中で外国語でコミュニケーションを取るのは相当ハードルが高い。おまけに電波が悪いのか、ところどころ途切れて聞こえてくる。聞き返したところで理解できないし、そもそも音声が途切れるので会話にならない。私は諦めの境地で適当に相槌を打っていた。
なんの生産性もない電話を終えて、私はふと思い出した。「カイロが安全である確認が取れ次第電話する」という話を。
つまりこの電話は、カイロが危険物であるという疑いがようやく晴れた、そういう電話だったのか!なんて喜ばしいことだ。電話の内容なんて聞くまでもなかったのだ。
私はその電話の翌日、私の大切な荷物をお迎えにあがることにした。
最終章:受取
2023年10月25日水曜日正午前。この日は前回とは打って変わって、しとしとと雨が降り注いでいた。
今回はあいにくの天気であることと、14kgの箱を抱えて帰るのはかなりの労力を要することから、空の大型スーツケース1つを持参し、荷物をここに全部入れて持ち帰ることにした。
ついに今日、受け取れる——
どれだけこの日を待ちわびたことか。荷物を発送してちょうど30日。「交通事情を考慮しても1週間以内には届く」と言っていた郵便局員さんに教えてあげたい。この長い戦いの歴史を。そしてその歴史に今日終止符が打たれることを。
私は晴れ晴れとした気持ちで、再び地方税関様のドアを開いた。
いつもの女性。笑顔で挨拶をした。
「荷物を受け取りに来たよ!」
ところが、彼女の表情は硬かった。少し呆れているようにも見える。何故だ?
「電話でも言ったけど、」
かろうじてその言葉は聞き取れたが、そのあとは何を言っているのかさっぱり分からなかった。だがひとつだけ確実に分かったことがある。
カイロの疑いが晴れていないことだ。
どうやらあの電話はカイロの安全が確認されたという電話ではなかったらしい。
その後も彼女は流暢なドイツ語で説明してくれたが、やはり理解できなかった。
そんな私を見かねた彼女は、自分のデスクに戻り、パソコンで何かを打ち込み始めた。何やら文書を作成しているらしい。
しばらくするとその文書を印刷して、私のところに持ってきた。
「これを翻訳して読んで」
私は持っていたスマホを文書にかざし、翻訳アプリを使って読み進めた。
今からお見せするのは、当時私が実際に翻訳アプリで読んだ文章である。
”今回のケースでは、包装ページの製品説明がアジア文字のみで書かれており、私たちは読むことができません。
根拠のある分類を行うためには、製品名、成分、活性物質が必要です。
そのためには、公式に任命された宣誓した翻訳者が、対応する言語と文字について、私たちの国語であり公用語であるドイツ語に翻訳し、有効物質の含有量を含む成分、使用目的、製品の用途と作用機序を示す文章が必要です。
(中略)
あなたはその製品を「ヒートパッチ」と表現し、医薬品ではないかという疑念を表明しました。
最終的には、当該受領者が事実の調査に協力し、当該受領者の介入なしには得られない情報、事実、証拠を提供することになります。
(中略)
前述の品質の公式翻訳が送付されるまでは、その製品は医薬品の疑いがあります。
受領者が、品質の正式な翻訳/必要な内容の翻訳を提供しない場合、商品は再輸出または破棄されるのみです。”
これを読んだときの絶望感は今でもはっきりと覚えている。まさか、たかがカイロでここまで大事になっていたとは。
つまり私がカイロを受け取るためには、「公式に任命された宣誓した翻訳者」によって書かれた、このカイロがどういうものであるのかを逐一説明した文章を用意し、医薬品ではないと証明しなければならないのだ。
そんなの無理に決まっている。そもそも「公式に任命された宣誓した翻訳者」とはなんだ。未だに理解できない。
カイロを受け取ることがほぼ不可能になった私に残された選択肢は2つ。
日本に送り返すか。この場で破棄するか。
送り返すとなれば、送料はもちろん私負担である。わざわざカイロのために送料を払うのはもったいなさすぎる。
となると残された選択肢はただ1つ。
「この場で破棄します」
そう彼女に伝えた。とてつもなく、か細い声だったと思う。
私は破棄に同意するための書類にサインをした。ペンを持つ手が震えていた。
温もりを届けてくれるはずだった60枚のカイロは、日の目を見ることなく冷たいまま生涯を閉じたのである。私が医薬品と疑われるような発言をしてしまったがために。
ごめんなさい。そしてさようなら、私の冬のお供。
不幸中の幸いか、カイロ以外の荷物は無事に受け取ることができた。私は持ってきたスーツケースに荷物を移し替え、帰る支度をした。
そして彼女にひとことお礼を告げ、地方税関様を後にした。
ひとしきり降り注ぐ雨が、私の心情そのものを映し出していた。
こうして私の「カイロ事件」は幕を閉じたのである。
ドイツ国内においてカイロの知名度が高ければ、この悲劇は起きなかった。まあドイツでカイロが身近に存在しているのであれば、わざわざ日本からカイロを送る必要はなかったのだが。今となってはこんな経験ができてよかったと思っている。こうして皆様にひとつのエピソードとしてご紹介できているのだから。
この事件のあと、事情を知った同じ留学仲間の日本人からたくさんのカイロを譲り受けたり、一時帰国の際に自分で購入して持ち帰ったりして、有り難くも現在手元には大量の在庫がある。しばらくカイロに困ることはなかろう。
しかしドイツに来てから現在に至るまで、未だに一度もカイロを使ったことがないのは、また別のお話。
完
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第4章:第2の税関
私は玄関周辺を隈なく探した。
ゴミ置きのそば、植込みの裏、こんなとこにいるはずもないのに。
誰かが持ち去ったのか?それとも間違ったところに配達されたのか?
考えても埒が明かない。こういうときはネットに頼るのみである。ドイツに荷物を送った人で同じ経験をした人がいないか探すことにした。
私はスマホを手に取り、検索バーに「ドイツ EMS」と入力した。すると1番上に「届かない」という検索候補が。なるほど、どうやらみんな同じ経験をしているらしい。
そのまま検索して、いくつかの体験記をしばらく読み漁った。
そこで衝撃の事実が発覚した。
実はこの「お届け済み」という通知は、「受取先」に届いたことを意味しないのである。
何を言っているんだ。荷物の最終到着地はどう考えても受取人の住所だろう。誰もがそう思うはずである。私も理解に苦しんだ。一体誰が私の荷物を受け取ったというのだ?
その正体こそが、第2の税関「地方税関」である。
ドイツに送られてくるEMS便の多くは、受取人住所ではなく「地方税関(Zollamt)」と呼ばれる施設に一時保管されるそうである。
もちろんすべてのEMS便が対象ではなく、中には地方税関を経ずに受け取った人も一定数いる。
ではその違いはいったいどこにあるのかといえば、誰にも分からない。
私は運悪く地方税関ルートを引き当ててしまったのだ。
地方税関に荷物が届けられた後は、地方税関から受取人に通知が郵送で届き、受取人自らが荷物を税関まで取りに行く、という流れになっているらしい。
要するにまずは「其方の荷物を保管している、欲しければ私のところへ取りに来い」という、地方税関様からの有り難い書状を受け取る必要があるのだ。
そもそも、1週間もかかった通関手続きを踏んでドイツ国内に荷物が入ってきているわけなので、2回も税関を通す必要性があるのか甚だ疑問だが、致し方ない。通知が届くまでは何もできないのだ。私はただ待つしかなかった。
そして数日が経ったある日、1通の郵便物が届いた。そう、地方税関様からである。
早速その有り難い書状を拝読するために開封した。
その書状によると、私の送った荷物に関する情報が不完全だったために、地方税関様に転送したそうである。…じゃあ最初の通関で止めるべきでは?
まあでもそんなことはもうどうでもいいのだ。とりあえず、その書状に書かれた地方税関様の住所と営業時間を確認した。
営業時間は月曜日から木曜日が7:30~15:30、金曜日が7:30~14:00。さすがドイツ、始業時間も早ければ、終業時間も早い。そしてもちろん土日は休みだ。この書状を受け取ったのが金曜日の昼過ぎであったが、間もなく終業時間になろうとしていた。早すぎる。
おまけに私の家からちょっと遠い。何せ荷物は14kgもあるわけだから、取りに行くにも労力が必要なのだ。
しかも、書状を受け取ってから1週間以内に受け取らなかった場合、日本に着払いで送り返すという脅し付きである。
早く取りに行かねば。
私は意を決して週明けの月曜日に地方税関様を訪ねることにした。
第5章:ご対面
2023年10月16日月曜日正午前。この日は大変天気が良く、絶好の荷物受け取り日和であった。
地方税関様は、街中から少し離れた静かな場所に位置している。トラムを利用して最寄り駅から徒歩10分、自宅からドアtoドアで40分くらいといったところだろうか。周りには物流センターらしき施設がいくつかあり、荷物を積んだ大きなトラックが頻繁に出入りしていた。私は希望と不安を抱きながら、書状を片手にようやく目的地に辿り着いた。
広大な駐車場の中にポツンと建っているからか、4階建てのそれなりに大きな建物のはずなのに存在感がまるでない。
なーんだ、大したことないじゃん。いけるいける。地方税関様の存在感のなさになぜか安堵した私は、勢いよくドアを開いた。
対応をしてくれたのは、私より少し背の高い金髪の若い女性だった。書状を渡し、拙いドイツ語で荷物を取りに来た旨を伝えると、彼女は部屋の奥の方へと消えていった。
そして数分後、台車を押しながら彼女は再び現れた。その台車の上には、そう、紛れもない私の荷物が。ようやく、ようやく対面したのである。おかえりなさい、私の愛しの荷物よ!
「Vielen Dank!(ありがとう!)」
私はそう伝えて14kgの荷物を抱えて帰ろうとした次の瞬間、
「Aufmachen(開けろ)」
思いもしない一言だった。なんとこの場で荷物を開封して中身を確認させろというのだ。しかしその指示に逆らうわけにはいかない。私は渡されたカッターで渋々段ボールを開封した。
(ここで少し補足となるが、EMS便の場合、荷物の内容品を予めすべて申告する必要がある。どんなものがどれくらい入っているか、金額も示さなければならない。もちろん禁制品は送れない。当たり前の話だが、申告書に書いた内容品、すなわち私が送った物品は、すべてドイツに送ることが許可されているものである。当たり前の話だが。)
さて、内容品の確認の時間だ。段ボールの中から、私が日本で詰め込んだ物品の数々が出てくる。まさかここで箱の中身を見ることになるとは思わなかったが、とりあえず、よくぞここまで無事に辿り着いてくれたと、内容品を見ながら感慨に浸っていた。
箱の中身が少なくなってきたとき、ついにその瞬間が訪れた。
「Was ist das?(これは何だ?)」
彼女が手に持っていたもの。
そう、カイロである。
~後編へ続く~
カイロ事件:ドイツで知られない冬の味方【前編】
カイロ。
それは日本人であればだれもが知っている、寒い冬に人々へ温もりを届けてくれる優れものである。冬のみならず、多くの演奏家が本番のときに持参し、緊張と共に冷たくなっていく手を、優しく温めてくれる強い味方だ。私も愛用しているうちの1人である。
しかし、残念ながらここドイツの地でカイロの存在はあまり知られていないのである。
今回は、ドイツでのカイロの知名度の低さによって起きた悲劇、通称「カイロ事件」を皆様にご紹介したいと思う。
第1章:荷造り
2023年9月中旬、私はドイツ留学に向けて荷造りを進めていた。
持っていく荷物は、航空機の預け入れ手荷物のサイズ制限ぎりぎりの大きさの大型スーツケース2つ。私が利用する航空会社の預け入れ手荷物の上限は23kg×2個までであった。
結構余裕があるじゃないか、と思ってはいたが、異国の地ドイツで生活するにあたって用意するものはそれなりにあった。その中でも特に重量があったのが楽譜とカイロ。冬のドイツは寒い。カイロは絶対に持っていかなければ。私は40枚の貼るカイロと20枚の貼らないカイロ、合計60枚のカイロを用意し、2つのスーツケースにせっせと分けて詰め込んだ。
ある程度荷造りが終わったところで荷物の重量を量ることにした。家にあった体重計の上に1つ目のスーツケースをそっと乗せた。私は体重計が示した数字に目を疑った。
30kg…?
まさかの7kgオーバーである。続けて2つ目のスーツケースも量ってみる。
30kg…?
まさかの同じ重さである。
今思えば減らせるものはたくさんあったのだが、当時の私はこれでも必要最低限のものしか入れていないつもりだった。むしろこれでも減らしたほうだった。そんな私にこれ以上「荷物を減らす」という発想は当然なかったのである。
重量オーバーのまま空港へ行き超過料金を支払うか、オーバーした分を国際郵便で送るか。当時の私の中に残された選択肢はこの2つであった。
しかし30kgのスーツケースを2つも持って移動できる自信はない。見知らぬ土地に移動するにはあまりにも荷物が重すぎる。これで身体を痛めては元も子もない。
となると、選択肢は1つに絞られた。「国際郵便」だ。
第2章:発送
さて、送ると決まれば送るための荷造りが必要だ。私はそのオーバーした14kg分の荷物を選別した。最終的に送ることにした物品はこちら。
・すぐには使わないであろう楽譜
・重たい書籍
・若干重たい冬用のブーツ
・冬のセーター全着
・カイロ60枚
どれも今すぐには必要のないもの、かつそれなりに重量のあるものを送ることに。
送るものが決まれば後は段ボールに詰めるだけだが、国際郵便は規定が厳しく、送るプランもいくつかある。
私は、EMS便という最短3日で届くプランを選んだ。追跡ができて全プランの中で最速で届くが、その分値段も1番高い。郵便局員さん曰く、交通事情を考慮しても1週間以内には届くとのこと。
海外だと何かとトラブルもあるだろうと考え、安全面も考慮して大金を支払い、荷物を見送った。
9月26日、日本出国前日の話である。
第3章:税関
数日後、私は無事にドイツに入国することができた。入国してからやることは山のようにあった。口座の開設、住民登録、入学手続き…この話はまた別の機会にするとしよう。
荷物を送って3日後、気になった私は追跡ページを開いた。
そこには「9月29日 通関手続中」の文字が。
とりあえずドイツには到着したらしい。私は安堵した。
このまま順調にいってくれ!そう願って1週間が経った。
…
そう、1週間が経ってしまったのである。1週間以内に届くはずの荷物が、送ってから10日を過ぎたのである。追跡ページを開いても「9月29日 通関手続中」の表示で止まっている。遅い。遅すぎる。通関に1週間もかかるのか?禁制品でも含まれていたか?もしかしたら荷物はもうどこかに消えてしまったのではないか?頭の中は不安でいっぱいだ。その不安を紛らわせるために何度も追跡ページを更新していると、突然新たな通知が現れた。
「10月6日 税関から受領」
ようやく税関を突破した!ここまでくれば後は届くのを待つだけである。もう10日過ぎているがかまわない。無事に荷物が到着すればそれでいいのだ。終わりよければすべてよし!
そしてその3日後、外出していた時のこと。1件のメールが届いた。追跡サービスに関するメールだ。そのメールにあるリンクから追跡ページに飛ぶ。
「10月9日 お届け済み」
ようこそわが家へ、私の荷物!ようやく自分が送った荷物と対面できる。本当に嬉しかった。早くお出迎えをしなければ。私は外の用事を急いで済ませ帰路に就いた。
うきうきで帰宅し、玄関の様子を伺った。
そこには、普段と何ひとつ変わらない光景が広がっていた。
そう、荷物はどこにもなかったのである。
~中編へ続く~